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SEJ 日本のエネルギーを考える会

154号 マスコミは新技術実用化の芽をつむな −「むつ」「もんじゅ」の終焉を招いたマスコミ−


カテゴリ:  原子力政策    2018-3-10 23:00   閲覧 (1930)

日本人は新聞・雑誌に大きく信頼を寄せているとの調査データがありますが、新聞・雑誌がその信頼に値する報道を行っているかと考えると、とてもうなずけるものではありません。その実例として原子力関係の研究開発がおこなわれる際に些細な事故が起きると針小棒大に取り上げられて、研究開発すら満足に行えない状況が続いています。今回は、報道が原子力開発を阻害しているという現実について考えてみました。

はじめに
まず下の表を見てください。2005年にWorld Values Surveyという組織が行った調査データですのでやや古過ぎる感があり今ではこれと大分異なるのかもしれませんが、私たちの想像とは大きく違って日本人は突出して(72.5%)新聞・雑誌への信頼度が高いという結果が報告されています。


更に、「日本の特徴は、新聞・雑誌への信頼度が高い点に加えて、政府に対する信頼度が低いため、新聞・雑誌の信頼度の政府の信頼度に対する倍率が、2.5倍と世界の中で最も高くなっている点である。」という指摘がなされています。ニュージーランド、台湾、オーストラリアを除いてアジア・大洋州の国々の人(いわゆる東洋人)は、総じて新聞・雑誌への信頼度が高いという結果も示されています。G8諸国では、日本の72.5%に対して、信頼度の高いフランスでもせいぜい38.5%であり、低い英国では13.4%という結果が示されています。
今では、若者はじめ多くの人々の新聞離れが進んでおり、朝日新聞などの左に偏向している、あるいは反日的な新聞への信頼感は大幅に落ち込んでいると思われますが、本当のところはどうでしょうか。最新の調査結果が待たれます。



1.日本の新聞・雑誌は読者の信頼に応えているか

このような調査結果を見た上で日本の新聞・雑誌の報道姿勢を考えると、大きな疑問が沸いてきます。日本の新聞・雑誌は日本の読者の信頼に応えるような良質な報道をしているのでしょうか?
IOJだより153号では原子力船「むつ」を取り上げましたが、この画期的な船の開発は無知なマスコミ関係者による報道で潰されてしまったと考えている良識人は多数いるものと思われます。同じようなことが高速増殖炉「もんじゅ」の開発にも言えるでしょう。

2.「むつ」の悲劇


IOJだより153号では、簡単に「昭和49年9月1日出力1.4%時に格納容器頂部などから0.2mR/hの放射線漏れが発生したと現場の計器が指示値を示したので、試験は中断された。この放射線漏れで大湊港への帰港となるが、風評被害を恐れた地元漁協などの反対で帰港できなくなり、長期間の洋上漂流となった。」と書きました。実態はどうだったのでしょうか?この0.2mR/h(被ばく線量を評価するとレントゲン撮影の1/100程度)という数値は、極めて小さな値であり、大湊へ帰港して問題が起こるはずもなく乗組員への影響も無いと言えるほどの漏れでした。この放射線漏れを修復するために、乗船していた技術者は極めて合理的且つ科学的判断に基づいて中性子の遮蔽効果の高いご飯粒を使用したのです。
ここで愚かなマスコミ人が「原子炉の穴をご飯粒で埋めた」という報道をしたために、この些細な問題が事件化してしまったのです。更に、原子力船の開発そのものが頓挫することになってしまったのは関係者であれば皆が知っている大きな悲劇でした。愚かな報道の結果、大湊港でも漁業者が風評被害ばかりでなく放射能が船から漏れて港を汚染するというような過剰な拒否反応を示した結果、長期間にわたって「むつ」は洋上を漂流することになってしまったのです。



3.「もんじゅ」のナトリウム漏れ


「もんじゅ」の場合はさらにひどい話だと言えるでしょう。当時「もんじゅ」の開発を担当していた動力炉・核燃料開発事業団(以下PNC)は2次系配管からのナトリウム漏れを起こした結果、漏えい箇所周辺に特有な堆積物が見られ、さらに配管直下の換気ダクトおよびグレーティング(点検用足場)に高温ナトリウム、空気中の湿分と金属との反応による腐食から穴があきました。その画像を隠蔽した結果、報道陣によって事件化されてしまったのです。この事故は、原子力事故ではない漏えい事故で、もちろん放射線の被曝などはありませんでした。それでも、このような軽水炉での冷却材漏えいとは全く異質なナトリウム漏えい特有な様相を写す画像をマスコミが大々的に取り上げた結果、PNCは危険な開発を行っている管理能力のない研究機関というイメージが浸透してしまいました。これが、後になって「もんじゅ」の開発が終わるという結果に結びつく遠因となったと言えるでしょう。



4.技術開発は失敗を伴うもの
全ての文明の利器は夢への挑戦と数多くの失敗を繰り返しながら実現してきたものです。我々がこのような文明の利器を享受できるのは、先人たちの夢とその夢を実現しようとした科学者たちが、膨大な数の失敗をしながら困難を克服してきた結果です。これは宇宙や原子力に関する科学技術、太陽光・風力などの再生可能エネルギー、自動車や飛行機の科学技術も同様です。


宇宙に関しては、ソ連のガガーリンが1961年に人類初の宇宙飛行をして以来、数多くの失敗が繰り返されてきました。スペースシャトル・チャレンジャーの爆発事故(1986年)、コロンビア号の空中分解事故(2003年)などの犠牲者を伴う悲惨な事故もありました。日本でもカッパーロケット、H-2ロケット、H-2Aロケットなどで数多くの打ち上げ失敗を繰り返しました。しかしこれらの開発に携わった人々は、このような事故や失敗を乗り超え、今や数多くの人工衛星を安定して打ち上げ、更に宇宙ステーションに人間が長期滞在するのが当たり前になるというところまで技術を高めてきました。
宇宙と同じように原子力も様々な試行錯誤を繰り返しながら進展を遂げてきました。原子力は、1950年代から原子力平和利用としての原子力発電の研究開発が行われ、試行錯誤を繰り返しながら現在の技術まで到達し、安定な発電源として世界中で採用されています。
多くの研究開発は、これらの夢が実現して製品として完成してからも失敗や経験を繰り返しながら改善されていきます。通常の商品であれば報道関係者も大して注目をせず、失敗も事故も一時の話題提供で終わってしまいます。しかし、原子力が関係してくると、些細な問題であっても執拗に悪意に満ちた報道を続け事件化するために、日本ではまともな研究開発すらできない環境となってしまっています。例えば、上述の原子力船「むつ」や高速増殖原型炉の「もんじゅ」のように、通常の研究開発の段階では当たり前に経験するような些細なトラブルや失敗によって研究開発が停止するような事態に追い込まれました。
5.おわりに


トラブルや事故は、どのような研究開発でも頻繁に起こることなのですが、何故か原子力の研究開発だけが1度や2度の失敗で研究開発自体が頓挫するような状況に追い込まれてしまいます。これは、日本のマスコミが読者に受けることを最優先し、「売らんかな」の精神で起こった事象を意図的に針小棒大に報道する結果なのだと思われます。この様な報道姿勢を続けることで、日本の技術力の向上を阻害している事に気付かないのでしょうか。
最初に取り上げた信頼度調査が今でも正しいとすると、日本では70%以上もの国民が信用している新聞・雑誌が、このような横暴を続けていて良いとはとても考えられません。70%以上の日本人が信頼している新聞・雑誌関係者は、この様に信用してくれている読者の期待に応えるような良質な報道をすることが、読者に対する礼儀というものです。宇宙開発や他の技術開発と同様に原子力に対しても、開発途上に於ける多少の事故や失敗を許容する精神を日本の報道関係者が身につけないと、日本はいずれ技術後進国となってしまうでしょう。マスコミ関係者の猛省を促したいと強く思うのです。



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