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IOJ NPO法人 日本の将来を考える会

160号 会員の声 天災と人災のリスクマネジメント  −西日本豪雨、福島原発事故を例に考える−


カテゴリ:  会員の声    2018-8-2 0:40   閲覧 (1187)

最近の大阪北部地震や西日本豪雨の報道に接すると、日本は様々なリスクにさらされているとの思いを禁じえない。ここでは、リスクマネジメントという概念を用いながら、この度の自然災害と併せて福島原発事故を検討してみた。


はじめに
最近の大阪府北部地震や西日本豪雨の報道に接し、日本は様々なリスクにさらされているとの思いを禁じ得ない。一方、福島原発事故が起きて7年4ヶ月が過ぎた。この間、被災者関連では「帰還困難区域を含めた避難区域の除染作業及び被災地の復興に向けた活動と法整備」、「被災者への心のケア体制の構築と運用」などが実施された。ここでは、リスクという概念を用いながらこの度の自然災害と福島原発事故を例に検討してみる。

1.今回の自然災害で最近何が分かったか

最近起きた死傷者数の多い自然災害の2事例を取り上げる。2018年6月18日に大阪府北部を震源とした震度6弱の地震が発生し、死者4名、重傷15名、住家の全壊9、半壊87、非住家被害(公共建物)675であった。2018年7月6日〜9日の西日本豪雨では、7月13日現在:200名以上の死者、行方不明は約50名、7千人が避難生活を強いられている。これについては、丘陵裾野やその隣接地の住宅規制、河川・溜池・ダムの治水管理、避難情報発信方法、高齢者の避難方法などにリスクが潜在していることが分かったと言えよう。

2.福島原発事故で何が分かったか
福島原発事故は直接的原因での死亡者はゼロであったが、被災者関連では、帰還困難区域を含めた避難区域の除染作業及び被災地の復興に向けた活動や、それに伴う法整備や新規制基準などが強化された。これをきっかけとして、原子力に対しする信頼が失われ、マスコミによる風評被害、世論調査で7割近く原発反対の増長、原発関係者の自信喪失、政治家の本来的な政策論争の低下、電力事業者の事業意欲低下など、波紋がいまだに続いている。

3.「リスクマネジメント」の必要性
『大阪府北部地震で小学校のブロック塀が倒壊し女子生徒が犠牲に遭った』を取り上げる。過去3回の目視等で検査を実施したが建築基準法違反とは認識されず「安全」と評価された。今回の事故により全国的規模で点検をしているが、この事例のようにリスク評価されてこなかったのは枚挙にいとまない。
上記の豪雨災害や福島原発事故の事例から、私は以下の対応の必要性があると考えたい。 1)識者・専門家による委員会でリスク評価基準を策定し、2)その基準による検査を地域の実態に合わ せて実施し、3)検査結果を公表すると共に対策案を各自治体の関係者で協議し、4)緊急度に沿った年次毎の対策工事案を作成し、5)自治体が予算取りと国への補助金申請を行い、6)順次対策工事を施工し、7)施工後に妥当性を第三者委員会で検証する。
要は事故・災害に遭ってからでなく事前に「リスクマネジメント」を行うということだ。

4.災害の前に「リスクマネジメント」が求められるが難しい

災害大国日本では色々な事故・災害が起きており、その都度潜んでいたリスクが顕在化して大きな事故・災害になってきた。死傷者が出ると人々はその事故・災害に関心を示すが、災害に遭うまでは潜んでいるリスクには気付かない。平常時から「リスクマネジメント」が、国、行政、住民共々に求められる。
リスクとは【不具合な事象が起きた場合の影響度・重大性の程度×その起きる確率】と定義される。然しその定量化と対応策が実に難しい。
例えば南海トラフ地震の発生確率の研究が進み「マグニチュード8~9クラスの地震の発生確率は今後30年以内で70〜80%」と公開した。しかし《何年後の何月何日何時に起きる》までの予測は出来ないし《事前の対応策》は表明できない。つまり具体策の展開の段階になると前へ進めない。その地震のリスクに対応して、地方自治体が国の補助金で公共施設耐震化工事や避難場所設置を計画的に進めているものの、優先順序付けや予算配分及び住民の避難訓練は進んでいないのが実態である。

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5.日本に潜在するリスクとは
福島原発事故は、「想定外の津波という自然災害により、全電源が喪失してしまい、原子炉冷却手段を奪われてしまった事故」であるが、「貞観地震を参照して事前に津波対策を講じなかった経営者による人災」と主張する人もいる。しかし、現時点における完璧な対策を講じたとしても、絶対に事故が起こらないとは誰も断言し得ないのは当然である。絶対安全が無いことを理解しない人が多い。
台風・豪雨→洪水、地震→津波、火山噴火→隕石・火砕流などの自然災害、大火、戦争・テロ・暴動、化学工場等の爆発、疫病、環境汚染、行政の怠慢・悪い仕組みなどの人災は、程度の差こそあれどすべてリスクと考えるべきであろう。

6.リスクに対して前向きに行くか
人災に対しては個々の「リスクマネジメント」を実行すれば改善はなされるが、皆無にはならないことを皆理解すべきである。例えば交通事故による死者が漸く年間5千人を切ったとあるが、1.2億人が住む日本では、ゼロには決してならない。なぜなら幾ら交通規制を施しても多くの人々が自由自在に社会で生きていているからだ。
自然災害に対しては、そのリスクを国全体が適切に評価して、ひとつずつ対応策を考えるしかない。国が音頭をとって、例えば現在国が審議している『骨太方針』の中に《縦軸=潜在リスク、横軸=時間》にとり、具体的なロードマップを作成してはどうだろうか。
一般論を言えば、リスクのALARP (As Low as Reasonably Practicable)《許容できる範囲での対応》が求められることを理解したい。 つまり100 %を求めるのは現実を見ようとしない理想主義者に近く無視してよい。天変地異と言った自然災害には日本人は諦める傾向が見られるも、人災に対しては結構厳しい見方で災害を見てしまうようだ。
自然災害でも事前に予測して予防処置を講じると共に、人間は自然を完全には管理できないと認識し、災害が発生した場合は事後に復旧・復興事業を国・地方自治体・国民が知恵を絞り責任を持って推進し被災者を含めた地域社会のコミュニケーションによる心のケアをする等々が必要であろう。

おわりに
福島原発事故は『安全神話』を信じた人々が悪いのではなく、結果として原発事故を引き起こした東電に一義的責任があるのでしょう。傷跡は確実に残っており、失ったものも沢山ある。
リスクはどこにでも潜んでいて、きっかけがあれば顕在化する可能性がある。リスクが顕在化した時、日本人は人災に対して過度に安全(有り得ないゼロ災害)と安心を求める国民性があるように思えてならない。他人に対してはどちらかと言うと完璧主義者に近いのではないだろうか。しかし自分の発想方法や判断基準には誤りがあるかもしれないと認識せず、廻りの空気に流され易いという特徴もあるのでないだろうか。
今一度行政や法規制等の仕組みと決定プロセス・国民の行動パターンなどを内省し、自分たちで判断をすることが必要である。日本は、歴史的には明暦の大火・太平洋戦争・関東大震災・数多くの災害などを乗り越えてきた。原発事故も英知を集めて、前向きな行動で乗り越えられると信じたい。   (鈴木弥栄男記)
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